「もっと広い部屋が欲しいんです」 

ヒアリングさせていただいた被災者の数人が同じようなことを話されていた。 

2011年の7月。仙台で借りたレンタカーで国道45号線を北上し、石巻から気仙沼へ入って小学校の体育館に避難した被災者を調査した時のことである。ちょうど仮設住宅が供給されはじめる頃だった。


「ツルツルした壁があったらいいねぇ、紙が貼れるし文字も書けるからねぇ」と答えた女性もいた。 

どんな仮設住宅があったら助かるのか、それをリサーチするのが調査の目的だった。画一的ではない、木の匂いがするできる限り自然素材でできた仮設住宅を建てて供給することができればという思いを胸に被災した現地に入ったものの、そんな理想形を求める〝余裕を持った答え〟などどこにもなく、先の見えない日々の中で少しでも余力のある者が役割分担して炊き出しを続けているという光景が行く先々で待ち構えていた。 

屋外には夏の晴天に照らされた日常風景があるのに、避難所の中には重苦しい空気が漂っていて、息をするのが辛かった。 


 僕らにはすぐ被災者のの力になることなどできず、漆喰壁や無垢の木の床材を貼った木の匂いのする優しい木造住宅を届けるというイメージが幻想のように思えてきて、次第に無力感に襲われていった。 

小学校の体育館の下に広がる校庭には自衛隊が駐屯していて、子供たちとキャッチボールをしていた。夏空の下でカーキ色をした恰幅のいい男たちとボールを投げ合った記憶が、十年経った今でもあの子供たちの中にあるだろうか。それとも駅前の繁華街が廃墟と化した姿が頭に焼き付いているのだろうか。僕にはわからない。


 供給されるプレハブ仮設住宅の広さは29.7m2と決まっていて、それではとても狭すぎると大勢の被災者が口にした。 田舎の家は大きい。九州のヘソのような場所にある僕の故郷の実家も大きく、4つの居室に加えて仏間と客間が襖で繋がった畳間まで備わっている。田舎では、それが〝ざら〟なのである。その空間は〝広い〟というよりも〝大きい〟という形容詞の方が相応しい。そう思えるほど、田舎の家は巨大な存在感を持っているのだ。


 だから、「もっと広い部屋が欲しいんです」と誰もが口にするのを即座に理解できた。しかし現実として理解はできるのだけれど、この非常時でさえも人は〝普段の空間感覚に照らし合わせて広さを求めるものなのか〟という棘のような違和感を覚えたのも事実だった。そして僕は想像した。多くの建築家が設計するような〝実際の数値的面積は狭いのだけれど広く感じる空間〟に多くの人がもっと慣れ親しんでいれば、いざというときに広さよりも暮らし方や空間の豊かさを求める人が増えるのではないか。そうだとすれば、例え29.7m2でも、QOLは低下せず、「仮設住宅なのだから仕方ない」という諦めにも近いマイナスの感情が芽生えるのを低減することができ、目の前が不透明であっても、少しでも気持ちを前向きにする手助けの一つになるのかもしれないのではないか、と。


 この経験が、その後の僕に「数値的には小さな空間ではあるものの、しかし広く感じるように工夫されている住まい」のプロトタイプをデザインさせるきっかけになった。 普段から小さな空間だからこそ持つ空間の豊かさ(知恵がグッと凝縮された小さいからこその工夫や面白さから生まれる魅力)に慣れ親しんでおけば、有事でコンパクトにならざるえない仮設住宅であっても、被災者のレジリエンス力を断ち切ることは少なくなるのではないか。

 福岡県久留米市で工事が進んでいるこの『ロングバケーション』も、そんな思いでデザインし続けている「小さな家」の一つである。家族4人が暮らす20坪の平屋だが、室内高を2800程度にすることで、リビング空間も各居室にも壁面に十分な収納を確保することができる。


 間取りは空間の真ん中に水回りを配置して、その周りを回遊するように居室をレイアウトした。リビングの端から居室の端までが通路で一直線につながっているので、普段は建具を開け放っておけば、高さのある最長10メートルの空間を体感することになる。

小さな家は、空間の豊かさを感じさせてくれるが、メリットはそれだけではない。

 小さな家は、空間ロス問題を解決し、日本人の新しい暮らし方を提示してくれるだろう。 空間ロスとは、考えに考え抜いた空間をつくり、不要な空間をつくらないようにすることを意味する。使わないような意味のない空間をつくらないこと、つまりは空間の無駄遣いをしないことを指す。空間ロスを減らすことで次のようなメリットが生まれる。


・資源の無駄遣いがなくなる。 
・ロスがないので消費するエネルギーを低減でき地球温暖化対策に貢献する。 
・家が小さくなるぶん庭が広がり樹木が増えて二酸化炭素を固定化するので、これも地球温暖化対策に貢献する。 
・創意工夫が必然となり、住まいに思考や独創力が宿る。 
・少ない投資で家が建つので旅行や趣味にお金と時間を回すことができる。 
・節約思考が身に付き、寄付やボランティア意識が目覚め、格差是正に寄与する。 
・考え抜かれた豊かな空間は有能な教師となってそこで暮らす人の感性や想像力を育む。 

つまり空間ロスは、空間そのもののロスを無くす代わりに、目には見えない本質的な豊かさを、空間に誕生させることになる。 

Less is more.ーーーーーより少ないことは、より豊かなこと。この考え方は、極めて自然の法則に従っている。
可能な限り空間ロスを無くした小さな家をデザインするとき、僕の心に刺さっていた棘が少しだけ抜けて行くように思える。それを追求することに、何の違和感も覚えない。呼吸が楽になる。

高速を走る車窓からは不穏な雲行きが見えた。 

これからも自然災害は増え、地球温暖化はなかなか収束の兆しを見せないだろう。それに加えてコロナ禍は、これからの人類に否が応でも新しい暮らし方を求めるに違いない。そうだとすれば、未来は見通せないほど暗いのか? 

僕はその問いにNOと答えたい。世界は変わるだろうが、人類も変わる。

小さなモノコトに宇宙のような豊かな意味を見出し、レジリエンス力を高めながら、想像のジャンプ力を鍛え、限りなく広い思考の海原に新しい船を漕ぎ出すに違いない。

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