2005年から2009年の間、九州大学ユーザーサイエンス機構のアドバイザーを務めました。
ユーザーサイエンスというのは、ユーザーのインサイト(本音)を学問しようというもので、このプロジェクトの成果として、九州大学大学院に統合新領域学府が誕生しました。
そこで学ぶ大きな柱が〝ユーザー感性学〟です。
なぜ私にアドバイザーの白羽の矢が立ったのか? 今でもよくわかりません。運命? 引き寄せ?家づくりのデザインやコーディネートを実戦的に行う者として、デザインの現場をリアルに知っているということだったのでしょうか。
しかし、アドバイザーとしてプロジェクトに参加したものの、実際には現役の先生方から学ぶことの方が多く、インクルーシブデザインとの出会いもあって、建築家を招いたワークショップも開催し、今の弊社の仕事の進め方の基本が生まれたことに、強く感謝しています。
最近、有名なマーケッターの方が〝インサイト〟や〝本能〟〝欲望〟というキーワードでユーザーのインサイトにアプローチすることを説かれていますが、20年近くも前に、九州大学ではユーザーのインサイトに科学的にアプローチする学問が始まっていたのですね。九大、すごい!!
家づくりではいつも、このユーザーインサイトの視点で、建主さんの本音を客観的に観ています。

先日地鎮祭を行った、下関で進行しているこの家づくり。
このプロジェクトもまた、ユーザーインサイトに沿って進められるもので、情報の渦の中で刻々と変化しがちな建主さんのご要望をヒアリングしながら、その本質的なインサイトをブレることなく現実の形にしていくよう、デザインとコーディネートを行っています。
そもそもこのプロジェクトは、『ゼロ宣言』というボンドや電磁波などの身体に害を及ぼすことが科学的に想定できるものをすべてゼロにしていくという活動に専心されている工務店さんから建主コーディネートの依頼があったものです。(柳川市に本社のある津留建設さん。そのこだわりがすごい!! 弊社ではこのような実力ある工務店さんとのコラボレーションも積極的に進めています)
なので、まずはこの家づくりの根底には、健康志向というキーワードがあります。そこにデザインをプラスしてほしいというのが、建主さんと工務店さんからの依頼なのです。腕はいいが、自社ではデザイン力までは賄えないという工務店があり、ユーザーの要望にどう応えていけばいいのだろう、という悩みを抱えている工務店が多いのも事実です。
そんな工務店をターゲットにした住宅商品を掲げたフランチャイズもありますが、建築家が基本デザインまでを行うというシステムには限界があって、建築家が実施図面を作成し、建築現場で設計監理まで行った家と、基本図面までを行い、その後は工務店に一任した家とでは完成した建物に漂う〝本物感〟に大きな隔たりがあることが、ここ数年で話題に上がるのではないかと私は観ています。
つまり、完成度を求めるユーザーインサイトが存在する場合には、設計監理まで『デザインの力』が入って行かないと、思うような結果を手にすることは、ユーザーにも元請けの工務店にもできないということです。
このプロジェクトは、建主さんの求めているデザインのレベルが高いことをヒアリングなどで知った工務店の方からの白羽の矢を受けての私たちのデザイン提案からスタートしました。実施図面が完成し、現場がスタートした今も、CGではわからない実際の建物のディテールが見えてくるにつれ、ユーザーの新しい気づきも生まれ、ご要望には微妙な変化が生まれてきます。
住宅は大きな空間です。そしてそれは小さなディテールが積み重なり集合した総体です。一度にすべての判断を出すことは不可能で、各コーナーのディテールは徐々にしか頭の中で理解できないため、建主のインサイトとしては常にストレスが生じているのが現実です。なので、可能な限りストレスが生じないように、専門用語をスムーズに解説し、想像が困難な場所のイメージを具体的な暮らしでの使用シーンなどに置き換えて頭の中で追体験をしていただくようにデザイン&コーディネートをしています。
完成度だけを高めるやり方にはユーザビリティの点で問題が残る可能性もあるのでそこに注意を向けることも忘れてはならないポイントです。美しさか使いやすさか? 答えは常にマルチプルでなければなりません。この辺りは、インクルーシブデザインで学んだことを応用しながら、まさにワークショップを進めるように、デザインの着地点を探る作業が続いていきます。
しかも、工期と予算というリアルが、そこには毅然として存在するのです。ユーザーインサイトに対して感性やデザインの力で〝リアルに〟応える作業は、これからも続いていきます。


現場周辺は住宅地と商業地が融合する穏やかで落ち着いたエリア。
石畳や土塀、鴨が泳ぐ堀などに、文化的な雰囲気が漂っています。近くには武家屋敷をリノベーションしたカフェもあって、その店に行くたびに、日本文化の深い情緒性を堪能しています。

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